小松だよ!小松市の史跡・古道探訪!!

石川県 小松市

小松市内の道路元標を探せ!!


2013/04/29
新丸村の道路元標発見!!

道路元標(げんぴょう)とは?


旧那谷村の道路元標
小松市 那谷寺門前付近


大正8年(1919)に公布された道路法施行令では、市町村単位での道路の起点・終点および町村の位置を 示す指標として、道路元標の設置が義務付けられました。
 道路元標の設置場所は国が指定したのではなく、各市町村の裁量に任されており、道路元標は道路に 付属する基標であり、各市町村間の里程を示す指標でもあるので、所在がはっきりとする場所に設置さ れました。
例えば、市町村の中心部、役場の前、役場付近のメインストリートやその交差点付近など、多くの人の目 に付きやすい場所です。
 
 昭和28年(1953)に施行された町村合併促進法によって、旧町村が統合・合併したために(昭和の大合 併)、多くの旧町村が消滅し、道路元票の管理義務もなくなりました。また同年には道路法も改正され、道 路元標は基点を示す指標から単なる道路の付属物とされ、以後、道路の拡張工事などの際に、廃棄処 分されてしまった道路元標も多く、現在全国のどこにどれだけの道路元票があるのかは不明です。

それでも、全国各地にまだたくさんの旧町村名が記された道路元標が残されています。
例えば、日本で一番有名な道路元標は、日本橋の橋面に埋め込まれた日本国道路元標ですが、これは 本来は東京市の道路元標でした。
 
 今回、小松市内の道路元票を探すにあたり、設置された当時の石川県公報を参考にしました。
 手がかりがこれだけで、さらに町村合併で、住所が現在のものと異なっていたり、消滅しているものもあ ります。それでも住所は類似の番地をさがして付近をぐるぐる徘徊して足で捜して見つけたものもありま すが、その場所にはなくて、保存の目的で移設している町もありました。

実際に廃棄処分されたとかいう話は地元の町内会などに確認をする必要があるかと思いますので、気が 向いたときなどに確認したいと思います。
 

 
〜参考にした史料〜



道路元標の設置されている場所


左の史料は金沢市と江沼郡の項目です。
現在の小松市に該当する場所は、

月津村 字月津 ヲ-60番地 付近
  コマツ教習所粟津センタ付近

矢田野村 字下粟津町 ク-100番地
  矢田野小学校付近

那谷村 字那谷 キ-30-1 付近
  那谷郵便局付近



こちらは能美郡の項目です。

御幸村 字串 甲79番地付近
串小学校近く
牧村 字小島 イ184番地付近
小島町神社付近
安宅町 ワ72番地付近
現住所と同じ場所
小松町 字京町 113番地付近
国道360 京町交差点?
白江村 字打越 丙241番地付近
小松工業高校付近
苗代村 字北浅井 ハ-78番地付近
北浅井東交差点付近
粟津村 字粟津 ワ82番地付近
粟津温泉の足湯のある付近
大杉谷村 字赤瀬 乙234番地付近
現住所なし
金野村 字金平 ラ66番地
現住所と同じ場所
西尾村 字布橋 ロ37番地付近
小松バス 布橋バス停付近
新丸村 字丸山 シ-3-23番地
小松市役所新丸出張所前
中海村 字中 イ129番地付近
住所なし
国府村 字上八里 二−347番地付近
現住所と同じ
板津村 字長野田町 ヨ223番地
野田町か長田町かで迷うが、ヨ●●番地が あるのは長田町?

※地図で確認してみると、明らかに道路になってしまって、消滅している番地がたくさんあります。
たとえば、京町は現在98番地までしかなく、113番地は存在しません。考えられるのは、道路拡幅工事で立ち退いたか、鉄骨ビルを建て
るにあたり、いくつかの町屋が買収されたか、などです。
もともとは人が歩くだけの狭い路地が、戦後の車社会で車道に拡幅整備されたり、新規に道路が作られたりして、小松市内の多くの道
路元標は廃棄処分されたのかもしれません。

小松市内に実在する道路元標
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